2003年6月23日(月) 『「キューポラのある街」と万景峰号』 |
|
連日、ワイドショーまでが万景峰号や北朝鮮のニュースを報じている。ベッカム様も拉致問題も脱北者も同列であつかうTVメディアの貪欲さにはあきれかえるが、北朝鮮の話題が出るたびに筆者は「キューポラのある街」を思い出してしまう。1962年の日活映画。脚本が今村昌平と浦山桐郎。17才の吉永小百合が主人公のジュン役でキラキラ輝いていた。寡作な浦山桐郎監督の代表作でもある。昭和32年の鋳物の街・川口とそこに働く人びとの日常が中学3年生のジュンの眼を通して描かれている。修学旅行もままならぬ貧乏生活ながら、たくましく生きる石黒ジュンとその弟タカユキ。このタカユキ役の市川好郎のなんとも自然な演技。伝書鳩をめぐる子供たちのイザコザなど、同年代で鳩少年だった筆者には泪がでるほどなつかしい作品のひとつだ。
このジュンとタカユキがこころを許す姉弟が金山ヨシエとサンキチの二人。金山一家は北朝鮮への帰還が決まり、日本人の母親以外の3人が北へ還ることになる。川口駅前の帰還する人びとを見送る歓送会では、北朝鮮の国旗が振られ、国歌が唄われている。駅頭の別れがなんともせつない。今から40数年前の話だが日本の現実がそこにはあった。12才のサンキチは母親が行かないこともあり、大宮で汽車を降りてしまう。川口へ舞い戻ったものの頼りの母親は別の男とどこかへ行ってしまっていた。
ラストシーンはサンキチが帰還船に再び乗船するため新潟へ向い、これを土手の上から見送るジュンとタカユキの「しっかりやれよォ」「ヨシエちゃんに頑張れってねーッ」と未来に対する不安をかき消すような送る言葉でしめくくられる。サンキチは今生きていれば53才、団塊の世代である。映画の中とは言え同じように日本海を渡った少年たちの安否が気になる今日このごろだ。 |
---------------COPY RIGHT BY OHGATA JAPAN 2004 AL RIGHTS RESERVED-------- |